“ジャンプスーツ”今年注目のファッションアイテムの歴史を辿ります!

ジャンプスーツの始まりは1919年

ジャンプスーツの名前は落下傘部隊員(jumper)の制服(suit)なのでジャンプスーツと呼ばれるようになったといわれています。 始まりは1919年、パラシュート部隊のユニフォームとして発明され、それから約100年後の現在までジャンプスーツは様々なデザイナーの手によって、ファッションとしての地位を確立していきます。

イタリアの芸術家タイヤ(Thayat)

ジャンプスーツ歴史の中で何と言ってもタイヤ(Thayat)を外す事は出来ません。タイヤは若い頃にマドレーヌビオネの元で経験を積んだイタリアの芸術家。彼はその工場や野外で働く労働者階級の女性のために、反ブルジョア的で快適な着やすいスーツを作りたいという思いから生まれたのがThe Tuta と名付けられたいわゆるジャンプスーツを考案。 1919年6月17日のLa Nazioneという新聞の記事には誰しもが簡単にジャンプスーツが作れるようにパターンと縫製方法が掲載されています。ここからThe Tutaの人気は爆発的に広がっていきます。しかも彼のプロレタリアートの象徴的な服というビジョンは、逆にフィレンツェの上流階級の間で火が付きます。

上の写真がタイヤによってデザインされたジャンプスーツ

ジャンプスーツ

引用: https://marlieskolodziey.com/tuta

1919617日のLa Nazioneという新聞の記事,平面なパターンにマチをつけたシンプルなデザインで縫製部分も直線が多く、誰でも簡単に作れるのがわかります

ファッションとしてのジャンプスーツ 

30年代末期、ファッション界のレジェンド(そしてココ・シャネルの最大のライバル)、エルザ・スキャパレリが今日私たちの知るジャンプスーツ(ただし、水筒と専用のガスマスクが付いていた)を発表しました。 グリーンのシルク製でフロントの大きなポケットは評論家から絶賛され、イブニングドレスの代替として地位を確立しました。1950年代になると、第二次世界大戦中に女性労働者が着ていたジャンプスーツが、ボニー・カシンなどのアメリカ人デザイナーによって、実用的な作業着からイブニングウェアとして着ることのできるエレガントなデザインへと劇的な進化を遂げました、1964年9月のアメリカ版『VOGUE』で巨匠フォトグラファー、アーヴィング・ペンがギ・ラロッシュ(GUY LAROCHEによるブラウンのジャンプスーツを撮影すると、瞬く間にセンセーションが巻き起こり、街中で女性たちがこぞって着用。その反響に応えるかのように、翌年1月には再びジャンプスーツが特集され、アポロ計画へのエールとも取れる白のジャージでできた近未来的なデザインが誌面を飾りました。

これをきっかけに、ジャンプスーツは黄金期を迎えます。オスカー・デ・ラ・レンタ、クリスチャン・ディオール、アンドレ・クレージュ、イブ・サンローランなど多くのデザイナーが独自のジャンプスーツを発表し、デイリーなスポーツウェアからレザー製や装飾が散りばめられたエレガントなものまで、豊富なバリエーションが登場した。

70年代に入ると、ジャンプスーツはユニセックスなアイテムとなった。スリムなデザインが男女ともに人気を博し、シェールやエルヴィス・プレスリーはステージ上のキャラクター性を打ち出すためにインパクトたっぷりなジャンプスーツを愛用した。NYの伝説的なディスコ「スタジオ54」では、ホルストン(HALSTON)の前衛的なデザインに身を包んだ常連たちが、朝まで踊り明かした。フリー・ビーンは「21世紀のイヴニングルック」とまで表現しています。

ジャンプスーツのルーツは現在の豪華なイメージとはほど遠いもので、極端に危険な状況で着る服でした。 それが今では、様々なデザインでカジュアルからオケージョンまで幅広く楽しめるファッションアイテムになりました。ぜひ皆さんも挑戦してみて下さい。

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