BURBERRY(バーバリー)とは?英国を代表するファッションブランドの生い立ち歴史を解説!

歴史ある英国ファッションメゾンのバーバリーについて解説!

トレンチコートを中心に長年人気のあるバーバリー、古着屋でも70年代、80年代のアイテムがとても人気の高いのですが、なんとなく聞いた事はあるけど詳しくは知らない方も多いと思います。今回はそんなバーバリーの歴史と生い立ちを解説していきます。また当店でもバーバリー商品のお取り扱いがございますのでぜひオンラインショップ、店頭をチェックしてみてください!

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トーマス・バーバリー

参照:https://www.vogue.co.jp/

1850年代から1880年代/ブランドのはじまり

BURBERRY(バーバリー)の創業者はトーマス・バーバリー。1856年にトーマス・バーバリーは若干21歳という若さでイギリス帝国ハンプシャー州ベイジングストークに洋服店・BURBERRY(バーバリー)を開業しました。

トーマス・バーバリーは、洋服によって安定しない英国の天候から人々を守るものであるべきと考え、農民が汚れを防ぐために服の上に羽織っていた上着をヒントに機能性や着心地を長年研究を重ね1879年に現在のバーバリーが使用する代表的な織物「ギャバジン」を開発しました。

ギャバジンは通気性に優れており、悪天候に強く丈夫な布地で、従来の重くて着心地が悪かったレインウェアに革命をもたらしました。その後、1888年にギャバジンは特許を取得。そのギャバジン素材を使用して製造されたのが「タイロッケンコート」。

バーバリー・タイロッケンコート

1890年代から1910年代/トレンチコートの誕生

タイロッケンコートとは1895年のボーア戦争でのイギリス人士官用に作られたコートで、タイロッケンの語源は「tie lock(ひもで締める)」という意味。通常ボタンやジップの代わりにベルトで固定するタイプのコートのことで、ベルトを留め具で固定するのが特徴的です。1912年にはタイロッケンコートが特許を取得。このタイロッケンコートは、ブランドの代名詞でもあるトレンチコートの前身と見なされています。

1914年~1918年の第一次世界大戦中にバーバリーのトレンチコートが開発されました。機能性の高い軍服への需要が高まり、タイロッケンコートに修正を加えられたものがトレンチコートです。手袋やホイッスルなどの軍用品を吊るすためのエポレット(肩のボタン部分)や、手榴弾の持ち運びに使われたDリング(ベルトに付いたD字型の金具)。戦闘中の衝撃から身を守るガンフラップ(胸にある当て布)や、雨水が背中からすばやく流れ落ちるようにデザインされたストームシールドなど。軍人用に開発されたということもあり、戦闘用の機能的なディテールがたくさん備わっています。

バーバリートレンチコート

参照:https://jp.burberry.com

1910年代から1930年代/バーバリーチェックの誕生と冒険家

1924年現在でもブランドのトレードマークにもバーバリーチェックがレインウェアの裏地として採用され世界中に認識されていきました。

当初コートの裏地に使われる事で世間に知られたバーバリーチェックですが、「ヘイマーケットチェック」、「バーバリークラシックチェック」との呼び名も持ち、現在は裏地だけではなくシャツやバッグなど、様々なアイテムに使われているデザインです。

バーバリーチェックは、当時のイギリスでタータンが多く使われていたことから、カントリータータンという柄をアレンジし、公募により決定しました。敢えて「タータン」ではなく「チェック」という言い方をしているのは、民族の対立などの問題を回避するためだと言われています。

一説にはバーバリーチェックが一躍世界的に注目されるようになったのは、1964年に開催された「東京オリンピック」で英国の女子チームが飛行機に乗り込むときに、腕にかけていたトレンチコートの裏地が偶然テレビに映された事だったとも言われています。

また1910年からバーバリーの発明したギャバジン製の製品は極地探検家の防寒着やテスト・パイロットの飛行用衣料として愛用されていきます。

1910年にロンドン・マンチェスター間の24時間以内飛行に初成功したイギリスのパイロット、クロード・グラハム=ホワイトが着用。

1911年に南極点に到達したノルウェーの探検家ロアール・アムンセンと、同じく南極点を目指し遭難したイギリスの悲劇の探検家ロバート・スコットが奇しくもともに防寒具やテントとして使用[注釈 2]。

1914年にアーネスト・シャクルトン率いる帝国南極横断探検隊が遭難、全員が奇跡の生還を遂げた際に防寒着として着用されていた。

1919年にジョン・オルコックとアーサー・ブラウンがビッカース ビミーでカナダのニューファンドランド島のセントジョンからアイルランドのクリフデンまでの初の大西洋無着陸横断飛行に成功した際に操縦服として着用。

1924年にエベレスト初登頂を目指したジョージ・マロリーが遭難した際にも、彼はバーバリー製のギャバジンのジャケットを着用していた。

1934年にロンドン-メルボルン間のマックロバートソン・エアレースにトム・キャンベル・ブラックとC.W.A.スコットがバーバリー製の操縦服を着用して優勝。

1937年にバーバリーのスポンサーによりA.E.クラウストンとベスティ・カーディ・グリーンがロンドン-ケープタウン間最速飛行に成功。

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バーバリーチェックコート

引用:https://www.staff-b.com/

1960年代から1980年代/バーバリーチェックの展開から企業買収

1967年バーバリー・チェックをコートの裏地以外で初めてパリのショーで発表された傘に使用。その後はバッグやマフラーなど様々なファッションアイテムに使用された。カラーバリエーションも最初のキャメル/赤/黒/白だけでなく、様々なカラーバリエーションを展開している。これらを「バーバリー・ロンドン」として長らく展開してきた。
1970年代以降、ブランドが市民の間でカジュアル化しサブカルチャーとの結び付きが増加、「プロールドリフト(プロレタリアン・ドリフトの略。高級商品やサービスの一般化を指し、ポール・ファッセルが著書『階級』で言及した)[2]」の一例として顧客層が大きく変化した。サッカーのフーリガンや不良学生、韓国でバーバリーマンと呼ばれるコート男型露出狂など、低俗さと結び付けた連想をされる傾向が1990年代まで続いた。このような結果、ブランドイメージは大きく低迷。
1989年、創業以来の独立企業からグレート・ユニバーサル・ストアズ (GUS) に買収される。

バーバリーチェック

1990年代から現在/ブランド再起から現在のBURBERRYへ

1999年、ブランドのロゴを「Burberry’s」から「BURBERRY」に変更。ブランドの再起はローズマリー・ブラヴォーが社長兼CEOに就任したことで始まった。彼女はブランドに手直しを加え、よりトレンド重視のハイファッション市場へ入り込んだ。彼女のマーケティング力を生かして、バーバリーを未知の領域、そして新たな成功へと導いたのだった。2001年にクリエイティブ・ディレクターにクリストファー・ベイリーを迎え、彼の指揮のもと、ケイト・モスやアギネス・ディーンというトップモデルのイット・ガールを起用した素晴らしい広告を打ち出すことで、バーバリーはクラシックかつモダンな一つのアイコンになっていったのである。

2018年に、リカルド・ティッシがチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任しました。現在ではルイヴィトンとシュプリームのコラボレーションなどをはじめとして、ストリート×ラグジュアリーというブランドのコラボやミックススタイルは定番のものとなっています。リカルドはジバンシィ就任中から、ストリートファッションとラグジュアリーファッションをミックスさせ、「ラグジュアリーストリート」という新しいスタイルを誕生させています。

その流れをバーバリーにも持ち込み、バーバリーの伝統的なスタイルを尊重しつつも、若い感性でブランドをフレッシュに生まれ変わらせる事に成功しました。そして、このようなリカルド・ティッシの斬新な価値観は、若者たちの心をとらえることになります。

リカルド・ティッシ

参照:https://www.vogue.co.jp/

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